お正月の初会や舞台披きなどに演じられる「翁(おきな)」という曲目は
「能にして能にあらず」などと言われます。
これは「翁」がもともとは「神事」として行われていたものであり、
それは能が出来るよりもっと前からあったものだからです。
奈良春日大社では、翁を勤める専門の家柄の神主たちがシテの翁を3人で勤め、
他の家の神主、あるいはそれに準ずる人が三番三(三番叟)を勤めていたのを、
平安末期くらいから、所作の美しい能役者(シテ方)がシテの翁を1人で勤めるようになり、
三番三は狂言方が勤めるようになったようです。
この翁を勤める専門の家(長権の守家)の古文書が昭和の末に見つかり、
現在はこれを復元して毎年5月に春日大社で金春流能役者が儀式として演じています。
もっとも、現在演じられている「能の翁」も、
天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈る神事であることは、かわりません。
精進潔斎、別火や開演前の御盃事など、さまざまな儀式的なこともあります。
「翁」は「演じる」というよりも、まさしく「祈る」といった感覚で勤めるものです。
最初にシテの翁ではなく、「御神体」である能面を持った「面箱持ち」から登場します。
舞台上で面をつけた瞬間に「神」となり、はずすと「人間(神主)」となります。
感情表現は全くなく、心を無にすることに徹します。
深々と客席のほうに礼をして始まり、終わりもまた礼をして下がるのも、
お客様にではなく、森羅万象に対してしているのです。
そういったわけで、開演中の入退場はお断りするほど、大事に扱わせていただいております。